最近、夏バテだけでなく「秋バテ」も使われるようになった。

だるい、疲れやすい、食欲がない、等の不調が秋になっても取れないときは秋バテである。

秋バテには2種類あって、1つは夏バテがそのまま移行したもの。もう1つは秋になって新たにバテてしまうものである。

人間は恒温動物であり体温維持のため膨大なエネルギーを使う。最近の秋は寒暖差が出たり、異常に暑い日や寒い日が現れるためである。

秋は気圧の変化が大きく、気圧が下がると空気中の酸素分圧が低下し低酸素でも過ごせるように自律神経がリラックスモードつまり副交感神経にスイッチしようとします。体力があれば日中は交感神経にスイッチできますが体力がないと出来ません。

根本的には体力アップを目指して下さい。

(追伸)

敬老の日の前日、孫達がやって来た。

秋バテしないように「マスカットはいかがですか?」の、まりかのパフォーマンスは可愛い。

夕焼けを見ながら散歩も楽しみ、夕食時についでくれる、まりかのビールはおいしかったです。

仲の良い姉妹です。

 

 

 

 

 

自分がマネジメントする立場にあるとします。

部下がミスをしてお客様に不快な気持ちを与えたとします。

この場合、自分が直接かかわってなくても自分事として心を込めて謝ることがマナーです。

例えば「部下がご迷惑をおかけしたようで申し訳ございません。実は私がかかわったことではないですが」はアウトです。

自分に責任がないのだから・・・と考えるのは誤解です。「不行き届き」という言葉は「行き届かないこと」「気が利かないこと」を指す言葉で失敗した当の本人の責任を押し付けず、自分の管理不足、教育不足への反省の意味を含んでいます。

「このたびはとんだ失態を演じましてお恥ずかしい限りです」「◎◎には厳しく言い聞かせましたので」という言い方でも気持ちが伝わります。

相手との関係性を良好に保って下さい。

(追伸)

子供は下ほどやんちゃ、と言います。

私も兄貴を手こずらせた“記憶”があります。

孫をみても分かりますね。

 

 

8月6日の恒例の釣りが台風予測で流れた。

さて、孫達が8月5日、夏休みでやってきた。

特に下のまりかは、コロナでこの3年くらい「夏」の体験がなかったので、8月5~6日と、しばしの遊びをした。

ゆうちゃん恒例のせみ取り、に行った。コロナに拘らず年々歳々、自然は変わっていなかった。いつもの場所に、せみはたくさん居て6匹のせみ取りに嬌声をあげた。

愛犬キー君の散歩も久しぶりに3人で行って、キーの元気な姿を見ることが出来た。

2日目は、まりちゃんと若草から城山登山を行い、帰りは生まれて初めてのリフト(小1から可)に乗ることが出来た。尚、頂上で患者のTさん(女性)に偶然出会えて、まりかと対面がかなった。こちらは老いる一方だが孫達は年々、たくましく、また、大人の言葉や仕草を体得していて楽しい2日間であった。

尚、8月7日でキー君は10才になりました。

 

 

 

 

 

イラン出身でタレントや女優で活躍しているサヘル・ローズさん。

四才で家族と生き別れ、自分の名前も出生地、生年月日も不明。

孤児院で生活し義母からサヘル・ローズという名前をつけてもらいました。

サヘルはサハラ砂漠、ローズはバラ、つまり「砂漠に咲くバラ」という意味です。

本来、バラは砂漠には咲きませんが、砂漠に咲くほどの力強さを持って欲しいとこの名前がつけられたようです。

皆さん、自分の名前が親がどんな思いでつけたか、その由来を聞いてみて下さい。

新たな視点が生まれるかも知れません。

(追伸)

7月17日(月)猛暑の日に、孫達は2人そろってピアノの発表会でした。

何事も達成するには日々の練習が大切です。よくがんばりました。

練習を怠ると成果は出ない。私はゴルフで体感しています。

 

 

Aさんは人の名前を覚えることが苦手なため久しぶりに会った相手の名前が思い出せないと相談がありました。

「出会った人にお礼状やメールを出すこと」を勧めました。

文面を考えながら、その人のことを思い出すことで自然と名前を覚えられるようになり相手からも覚えてもらうようになりました。

相手への深い興味と関心が名前を覚える秘訣です。

一つの出会いを活かし、つながりに変えていきたいものです。

(追伸)

姉妹のつながりも一生、消えない絆(きずな)です。

仲良く、すくすくと育って欲しいです。

 

 

 

 

 

5月3日と5日の2回に分けて、孫がやってきた。本格的に遊ぶのはコロナ禍のため3年ぶりである。

3日の日は、まりかの大好きな市内電車に乗って道後公園へ。車掌さんの次駅案内と同時に、スイッチを押すのを楽しみにしていた。しかし、80才ぐらいの老婆に先を超されてしまって残念。さて、道後公園は湯築城跡として整備されているが、はるか昔、道後動物園があって、幼少の私が今治から見に来ていた話を知る人も少なくなった。展望台から見る松山平野は、いつ来てもすばらしいです。この一帯は私が愛光高校1年生のときに近くに下宿していて公園内に銭湯があって毎日、通っていた銭湯も知る人もいなくなった。私にとってはとても想い出多い地である。近くの店でアイスクリームをまりかがおいしそうに食べていた。

5日は、まりかを連れて城山登山を決行した。ルートは一番きつい若草の方からのアプローチ。このルートは愛光学園の時の体育の時間で1時間で往復させられた思い出多い険しい道である。6才のまりかでは無理かも知れないと途中退却を考えていたが、むしろ、ダウンしかけたのはこちらの方であった。まりかはすいすいと登り、またまたアイスクリームをゲットした。

楽しい2日間で想い出の写真をたくさん撮れたのが収穫であった。

 

 

 

医学生時代に「肩こり」は外国人にはない、と教わった。その時は驚きと共に、外人は何故、ないのだろうと不思議に思った記憶がある。

しかし医者になって整形外科の教科書を見ても「肩こり」という病名はないのです。日本整形外科学会の報告では「肩こり」を「肩関節部~項部の間、項部、肩甲骨部及び肩甲間部における”固くなった感じ””重苦しい感じ”痛い感じ”としています。つまり肩こり「肩のこり」「背中のこり」「首のこり」「頭痛」といったさまざまな自覚症状を単にまとめたものなのです。

19世紀の終わりには使われており、明治・大正時代の医師、瀬川昌耆が1896年に出した著書に「裁縫業に従事すれば肩たちまち凝る、張る、痛むと訴える」とあります。

また樋口一葉は「われから」(1896年)で「あるときは婦女どもにこる肩をたたかせ・・・」とあり「こる」と書いています。

さて「肩がこる」に相当する英語表現は「have a stiff neck」が近いようです。

「肩こり」は世界共通の症状ではなく日本の文化の中で培われた身体症状のようです。

(追伸)

今回は、まりかの成長のビフォー・アフターの写真です。

ビフォーのは、まりかが1才のときに姉のゆうりのランドセルをおもちゃにしている写真です。

アフターが今月の1年生の写真です。

尚、ランドセルは、ゆうりとまりかは全く同じものです。

 

 

 

まりちゃんもついに小学生。

4月10日の入学式を経て通学をがんばっています。

読者の皆さん、小学1年生の記憶ってありますか?

私は1コマだけ覚えています。

このフレッシュな気持ちを一生、持ち続けたいものです。

最後の写真は、姉のゆうりが妹のまりかを小学校の集合場所に送っている写真です。自分は、また帰宅して中学校へ再出発するそうです。

 

 

 

 

今年の4月15日に開園40周年を迎えた東京ディズニーランド。

子供なら誰しも1度は訪れたい観光スポットである。

孫の姉のゆうちゃんは何回も行きましたが、妹のまりちゃんは1才に行ったきり4年間はコロナで行けずじまい。ついにコロナも減ってきたこの春休みのタイミングで2人共、先週行けました。特にまりちゃんは見るもの、聞くもの全て目新しく大興奮だったようである。

しばしでも夢の世界に浸れてよかったですね。

2人共、その分新年度、学校をがんばって下さい。

 

 

4月は新たな人間関係の中で生活や仕事を始める人も多いでしょう。

人間関係を築く第1歩は自分自身を知ってもらうことから始まります。

その方法の1つが自己紹介です。

話し方のポイントは様々ですが、短い時間で印象深く自分を表現するのは容易ではありません。

そこで私が感じたのは、薬品会社のMRさんの自己紹介。数年前から診察室でノートパソコンを持ち出し自分の出身や学歴や趣味、等を実に短い時間で見せてくれます。一昔前なら考えられなかった方法です。昔、T薬品会社の女性MRが自分の郷里、佐賀でアドバルーンを揚げている、いわゆるバルーンフェスタのことをPRの中で話していて、興味が湧き、当時3才くらいのゆうちゃんと佐賀まで行ったことを思い出しました。

創意工夫、大事ですね。

(追伸)

今年の桜は時期的には早かったですね。

「桜の木の下で」仲むつまじい孫達です。(宇和島にて)