6月 2019 archive

カンピロ食中毒

食中毒の季節である。1998年の原因物質別の発生状況は腸炎ビブリオとサルモネラ菌で半数を占めていたが、カンピロバクターが2018年度は細菌部門のトップである。ウィルスを含めてもノロを63件も上回る319件。3年前に「肉フェス」で東京と福岡の会場を合わせて900人という大規模発生を起こした。

カンピロバクターは鶏、牛、豚などの腸管にいる細菌ですが特に汚染率が高いのが鶏です。

あまり注目されていないのは潜伏期間が1~7日と長く、原因を特定しにくいのと同じものを食べても発症する人としない人がいるからである。鶏料理を食べるなら中心部までしっかり火を通すのが大事である。75度以上で1分加熱が鉄則である。

スーパーやデパ地下の惣菜でも鶏料理が入っていたら必ず電子レンジで加熱して下さい。

症状は下痢、嘔吐、発熱である。

更に厄介なのが治療が遅れると手足が麻痺して力が入らなくなるギランバレー症候群を併発する恐れがあることです。ギランバレーの4割はカンピロバクター感染が原因と言われています。(国試必須です。)

是非、気をつけて下さい。

 

手袋

広辞苑で「手袋」を調べると「寒さや汚れ、外傷を防ぐため手にはめる袋状のもの」とある。

主な目的は手の保護や装飾である。

防寒用以外にも、スポーツ(ゴルフ、スキー、野球等々)、釣り、作業用、ドレス手袋等々多様である。

素材も牛革、羊皮、豚皮、人工、合成皮革、アクリル、ナイロン、レーヨン、ビニロンと多彩である。

さてこの手袋。日本の90%以上を生産しているのが香川県東かがわ市である。2003年に香川県の引田、白鳥、大内の3町の合併で出来た人口3万人の市である。

事実、市内には手袋メーカーが多く、特に旧白鳥町に多いため「白鳥の手袋」とも言われていた。

歴史は130年前に両児舜礼(ふたごしゅんれい)という副住職が大阪に移り住みメリヤス手袋製造を家業としたのが始まりである。第一次大戦、朝鮮戦争等の需要で拡大し、昭和30年代には世界一の手袋産地となった。

何故、今でも東かがわ市がトップなのか?これは「指5本タイプを作るにあたって機械化が難しい労働集約型作業であるため他から、この産業に参入しにくく、いわばニッチな産業として生き残ったから」だそうです。今後も発展して下さい。

(追伸)

5月20日のジュニアえひめ新聞に、ゆうちゃんの俳句が入選しました。

(写真で以前に出しましたが)まりかがやぎへえさをやる姿は、ほほえましかったです。

ゆうりが自分でやって、恐しくないと教えこんでますね。

入選おめでとう。

(写真6枚)

 

試写会

6月21日(金)公開映画「きみと波にのれたら」の試写会に5月28日行って参りました。

アニメーション監督としても名高い、湯浅政明監督のラブストーリです。

小さな港町を舞台に消防士の青年・港(みなと)とサーファーの大学生・ひな子との運命的な恋を描いています。

「したたかに生きなければという世の中で純粋な主人公を波にのせてあげたいと思った」と監督が語るこの作品は、そっとあなたの背中を押す物語です。

港が亡くなったあとのひな子の行動。

最後のシーンは涙でした。

中、高の女子生徒が好みそうなstoryでしたが、是非多くの方に観ていただきたいと思います。

 

脳トレ

健康で元気な老後を過ごしたい。そのためには脳の若さを保っておきたい。

ここで諏訪東京理大の篠原教授(脳科学)の話を引用します。

「人と交わって体を動かすことは脳にとってプラス。人と交わることが多い方が認知症になりにくいという調査結果が数多く報告されています。」と。

会話をしているとき、人間は“ワーキングメモリー”を盛んに使っています。ワーキングメモリーとは記憶や情報を一時的に保持し処理する能力のことで脳の前頭前野の働きと関係しています。料理したり趣味を楽しむときも、もっとおいしくしようとか、より良い成績を残そうとか考えるためワーキングメモリーが鍛えられます。

前頭前野を使っていないと短期的な情報の処理能力が低下し物忘れがひどくなります。

例えば冷ぞう庫を開けたとたん雨が降ってきたため窓を閉めているうちに、冷ぞう庫から何を出そうとしたか忘れてしまうーこれもワーキングメモリーの低下が招く老化現象です。

人と触れ合い体を動かすことで脳の老化に待ったをかけられます。

家でゴロゴロでは脳もどんどん衰えます。

(追伸)

清水小学校の校医のため春の検診に伺いました。

5年生は3クラスですが、1年生は2クラスと少子化が進んでいます。

「1年生はあと2~3人増えれば3クラスが出来るのに・・・」と教諭の弁。

臥薪嘗胆

臥薪嘗胆(がしんしょうたん)。この言葉は中学の漢文の授業で習いました。

簡単に歴史をひもとくと、紀元前5世紀初頭に越の王であった勾践(こうせん)が呉の王を戦死させた。呉の王の子であった夫差は父の仇を忘れまいとして薪の上で寝る苦行をしながら二年後に宿敵越を攻めた。包囲された勾践は命からがら逃げ帰り、それからは毎日苦い肝を嘗(な)めては屈辱を思い出し、やがて呉に攻めこんで積年の恨みを晴らしました。この血で血を洗うような復讐物語を「臥薪嘗胆」といいます。

私は授業で目的達成のためには日々刻苦する必要性を教えられた気がする。

この言葉は日清戦争後に遼東半島の領有をめぐって「三国干渉」が行われた際、世論の合い言葉として流行しました。

(追伸)

6月5日は私の誕生日。

年を取るにつれ、その分、孫も成長してきました。

ゆうちゃん、まりちゃんが手紙と色々なポーズでお祝いしてくれました。

ゆうちゃんが作ってくれたアロハベア。可愛いです。

ありがとう。

尚、ばあばも同じ6月5日が誕生日です。

(写真8枚)