「間がもてない」「間がいい」などの言葉があるように日本人は「間」(ま)というものに対する微妙な意識があります。

「間」は音楽の拍子、絵画の余白、建物の空間、武術の間合いなどのように表現され、時間や空間の美学として意識されています。

人と人との関係を円滑にする要素の一つが会話における「間」です。適当な「間」のある話には心地良さがあり、互いに相手の話を聞き合う「間」を設けた会話は建設的な人間関係を築いていくに違いありません。

是非、日常生活で「間」を作り出して下さい。

 

 

 

日本は超高齢化社会となり高齢で一人暮らしの世帯が急増しています。

一人暮らしの方は脳卒中や心筋梗塞の予後が悪く、うつ病などの精神的な病気のリスクも高く、不慮の死も多いことが知られています。

ここで大事なのは生涯孤独の人もいれば困った時に助けてくれる友人、親戚が近くにたくさんいる人もいます。

アメリカの研究では全くのシングルの人の方が老人ホームに入るリスクが高いそうです。

一人暮らしの高齢者にとって友達は、ねたきり予防の「切り札」であると結んでいます。

瀬戸内寂聴さんも言っていました。

「人は一人では生きていけない」と。

 

ロシアのウクライナ侵攻に対し、西側各国は経済制裁を科した。

将兵の生命を失わずに目的を達成するのは、孫氏の言う「戦わずして勝つ」最善の戦略である。

さて、戦国時代にこれを試みた武将がいる。

今川義元の後継者、今川氏真である。敵対する甲斐の武田信玄に対し氏真は塩留めを行った。山国の甲斐は塩は産出しない。塩化ナトリウムは人が生きていく上で必須のミネラルである。

今でこそ「減塩」の時代であるが極端な減塩は低ナトリウム血症や腎障害の原因となる。

このまま続けば今川の勝利であったのだが、ライバル越後の上杉謙信が日本海の塩を甲斐に送ったため武田は復活した。

ところで、現在の山梨県の食塩摂取量をみると全国平均をかなり上回っている。

今度は少し塩断した方がよさそうである。

 

 

昨日(6月5日)は、私の誕生日でした。

患者さんや職員の方々より多くのお祝いをいただきました。

この場を借りて厚くお礼申し上げます。

孫達のお祝い文も載せます。

あれこれ書くよりも、写真をどうか見て下さい。

(ところで、孫達の文章にあるように6月5日は家内も実は誕生日なのです。不思議な縁です。)

 

毎日の仕事で好きなことをやるために、しっかりと時間を確保する人は多いでしょう。

しかし好きなことの度が過ぎて睡眠不足に陥ったり疲れが溜まったりするかもしれません。

それを戒める中国の故事が「病膏肓に入る」です。「膏」とは心ぞうの下あたりで「肓」は横隔膜の上の隠れた部分です。

内蔵の奥深くのこの部分が痛むと針も灸もその力が及ばず病気が重くなって治療ができなくなることを指します。

転じて、物事に熱中し過ぎて手のつけられないほどになる状況を意味します。

あくまで仕事が主で趣味は従です。

節度を保ちつつ好きなことを楽しみたいものです。

 

 

 

マナーデザイナーの岩本宣子さんの講話から引用します。

「人生は愛嬌と運で決まる」という言葉があるそうです。

「運」は確かに天が味方するかどうか?ということですから理解しやすいですが愛嬌とは?

京都大学第16代総長、平沢興氏は「人生は、にこにこ顔の命がけ」と言っていました。つまり心がいつも上機嫌にいなさい、と言うことです。

精神科や心理学の先生が最近、よく使う表現があります。気持ちがふさいだ時こそ笑顔であいさつしなさい、と。すると、ふさいだ心に風穴があきます。

笑顔の表情は脳を活性化するそうです。

嫌な表情をしていたら、周りも嫌な気分になります。

自分のためにも他者のためにも明るい表情は大切にしたいものです。

(追伸)

5月27日に清水小学校へ学校検診(小1)に行きました。小学校というものは何回行っても懐かしさがあるものです。

さて今回は生徒がたくさん白衣姿の私に寄ってきて、ある1人(Ⅰ君)が、「せんせい、チップ(うさぎ)が死んだんだよ」と興奮して話しかけてきました。いつも私もうさぎ小屋をのぞいていましたから、詳しく話を聞きました。するとI君曰く、「きのうは僕がエサをやったんだけど、どうもいつもパクパク食べるのに今日はあまり食べんな、と思っとったんよ」と。まわりに一杯、生徒が集まってきて、知らなかった子供達も「えー、死んだの」と騒然となりました。9才だったそうで、みんなのアイドルだったチップの死。これも生徒達の人生の勉強だなと痛感しました。

「死」は悲しいものです。帰りに、主のいない小屋の前を通って、私も寂しくなりました。

 

 

K君の了解を得て、以下の文を掲載しました。

返還後の本土復帰記念事業として沖縄本島・本部町(もとぶちょう)で1975年から1976年にかけて沖縄国際海洋博覧会が開催され、それを契機に沖縄本島では開発が劇的に進み、高速道路である沖縄自動車道の一部開業や各国道の拡幅、大型ホテルの建築などがもたらされました。私は、那覇市から高速道路を利用しても2時間以上かかる本部町で開催される意義がよくわかりませんでした。しかしこの地に立ち、写真のような美しい海と沖に見える伊江島(いえじま)からなる南太平洋のタヒチ諸島を彷彿とさせる風景を目にしたとき、この地で海洋博を開催することを決断した人々の気持ちが理解できるようになりました。

左の写真は、沖縄海洋博覧会公園から見た伊江島(いえじま)方面の風景。島のとがった山は城山(ぐすくやま:沖縄では城をグスクと読みます)で、沖縄の人々(ウチナンチュウ)は親しみを込めて「たっちゅう」と呼んでいます。

右の写真は、沖縄海洋博覧会公園より見た伊江島(いえじま)方面の夕景。昔のアメリカ映画の「南太平洋」に出てくるモーレア島の風景を彷彿とさせます。

 

 

 

 

 

新型コロナウィルスの発熱者が爆発的に増えている北朝鮮で国営メディアが「ヤナギの葉を煎じて飲む」といった民間療法を紹介していますが、これには私も驚きました。ヤナギ??

ところが5月17日号の日経新聞「春秋」によると、19世紀に欧州の学者らがヤナギ葉の有効成分の分離や生成にこぎつけ著名な解熱鎮痛剤「アスピリン」が生まれたとあります。

そう考えると、全くのデマではなさそうです。

さて仏教でヤナギはその薬効などから霊木とされています。京都の三十三間堂でも祈願した浄水を小枝で参拝者に注ぐ「楊枝(やなぎ)のお加持」の仏事が古くから行われ、頭痛封じに御利益があると言う。

さて本題ですが、北朝鮮は国際的枠組みからのワクチン提供も拒絶していました。核やミサイルではなく一般国民の人命を尊重して欲しいし、日本は今からでもワクチン提供をしてあげるべきだと思います。世界の人民はみんな平等という観点から。

 

 

 

 

K君より沖縄の風景写真です。

左は、やんばる奥集落の鯉のぼり:沖縄本島北部は山が深く、「やんばる」と呼ばれ、その中でも最北部に「奥集落」があります。

ゴールデンウイークの頃には集落を挙げて川の上に鯉のぼりを挙げます。

右は、伊江島ユリ園:沖縄本島本部(もとぶ)半島の沖合に伊江島(いえじま)があります。

この島は大戦時に米軍が上陸したために多大な被害を受けた島で、今でも数多くの戦跡が残っています。写真は島の北部のリリーフィールドと呼ばれる場所で、5月に無数のユリが見事に咲き誇ります。沖の島は伊是名島(いぜなじま)で、琉球王朝の開祖の出身地です。

(いずれも2008年5月撮影)

尚、沖縄本土復帰50周年が先日の5月15日でした。時々、沖縄の写真と同時に沖縄の歩んできた復興の歴史に敬意を表したいと思います。

 

 

 

 

 

新型コロナ感染症に限らず「ワクチン」というものは有効で、すばらしいものです。

種痘、子宮頸癌、インフルエンザ、水痘・・・と数えたらキリがありません。

さてワクチン接種の普及に取り組んでいる呼吸器内科医に永井英明先生が居ます。東京、清瀬市で国立病院機構東京病院感染症科部長をされていますが私の東医歯大の後輩になります。

彼は長く肺炎球菌やインフルエンザのワクチン接種を広める取り組みを続けてきました。

ワクチンを打つことで予防できる疾患は確実に予防していくべきーという考え方は世界的コンセンサスですが、日本ではまだまだ遅れていると言う。そんな時に登場したのが帯状疱疹のワクチンです。日本では50才以上を対象に行っています。

生ワクチンと不活化ワクチンがありますが発症予防効果の点では不活化ワクチンに軍配が上がる。ただ1~2万円と高額なのがネック。名古屋市は半額に、千葉県いすみ市のように不活化ワクチンにのみ助成金を出す自治体も出てきた。まだまだであるが、永井先生は日本人の「帯状疱疹」に対する意識の低さを不安視しています。神経痛が残ったり、目の神経にダメージが及んで失明を招くリスクもあるのです。

皆さん、今1度、ワクチンについて考えてみて下さい。

(追伸)

K君からの写真です。

左は有名な川奈ゴルフ場。

右は伊東市の景勝地城ヶ崎海岸。柱状節理の断崖が美しいです。